旧帝大中退Fラン薬学部生の日常

25歳Fラン薬学部生の日誌です。社会不適合者の日常をつらつらと綴って行こうと思います。

同級生のお通夜に行ってきた話。

今日,高校時代の同級生であるT君のお通夜があった。

かなり急な話で,お通夜の連絡が回ってきたのも昨日だった。FacebookでT君の死去とお通夜の連絡が回ってきてたんだけど,今や全くFacebookを使いもしない自分がT君の死去を知ったのは高校の時の友達からのラインが最初で,後からFacebookで確認した。

同級生がなくなったってことで当然すごく驚いたんだけど,なんだか昨日は実感がわいてなかったと思う。正直悲しみの感情よりもとにかく驚きが強かった。なにせ自分が23歳の段階で同級生の葬式に行くなんて思ってもいなかったから。

 

T君とはめちゃめちゃ仲良かったってほどではないんだけど,学園祭で一緒の仕事したり,うちの高校では少数派にあたる文系クラスで一緒だったり,またうちの高校からあまり行かない代ゼミで一緒に浪人した数少ない仲間でもあり(だいたい駿台か河合に行く),自分は一浪で彼は二浪だけど同じ旧帝大に進学した。高校の同級生だからと言って全くしゃべらないし面識もないって人も中には当然いるけど(自分は交友関係広い方じゃないからそういう人は多い),彼とは会ったら普通にしゃべったりできる仲ではあった。

ちなみに高校時代はお互い文系クラスだったけど彼は途中で理転した。T君はものすごく絵のうまい人間で,芸術系の学部がその旧帝大の理系にあるからそこに行きたくて理転したんだと思う。二浪しなきゃいけなくなったのはそのせいもあるかもしれない。

 

二浪してるからT君は今大学4年生の最中のはず。そう考えると少し嫌な予感がした。

まぁ大学4年での死去って聞いたらなんとなく「就活の失敗」が頭によぎってしまう。

Facebookでは死因は何も言われてなかったから,突然の自殺かもしれんなぁなんてのは漠然と思ってた。

もう亡くなってしまった以上,なにが理由で亡くなったかを詮索するのはあんまりよろしいことではないのだが,もし本当に自殺だとしたらショックの度合いが高くなってしまうからやっぱり気になってはしまう。

 

まぁそんなこんなでなんだか実感のわかないままふわふわした状態で今日を迎えた。

今日は一限だけ授業があるからそのためだけに学校行ったけど授業そっちのけでライブベッティングしてた。家に戻る途中で久しぶりにプールによった。東京行ったりして少し太ってたから。

プールから家に戻って,まぁ適当にダラダラしつつ香典や数珠の準備して,夕方5時くらいに家を出た。駅で友達と待ち合わせてて一緒に電車に乗ってお通夜の会場に向かった。

しばらく歩いてお通夜の会場についた。受付で名前書いて香典渡して香典返しもらうという流れを体験。葬式は去年のじいちゃんで体験してたものの,故人の友人としての立場での出席はこれが人生で初めての体験だった。

 

受付からお通夜の大部屋までの通路にT君の幼少期の写真とか今までの彼の作品とかが展示されてた。改めて彼の絵はうまいなぁって思った。

展示物を少し見ながら大部屋に入った。席に着いて前を見ると,まぁ当然なんだけどT君の遺影があった。葬儀なんだから遺影があるのなんて当然なんだけど,でもその遺影を見て,「あぁ,本当に亡くなったんだな…。」ってやっと実感がわいてきて胸にこみ上げてくるものがあった。大学で見たときと何も変わらない表情なのに,それが遺影としてあるってことが辛かった。若すぎる人の遺影を見るのがこんなにつらいものだとは思わなかった。そして何よりつらかったことが,T君のご両親が号泣していたこと。「親より先に旅立つのは不幸なこと」とはよく言われる言葉ではあるけど,この時初めてその言葉の意味を実感した気がする。もちろん本人には親を不幸にする気なんて全くなかったはずだけれど。

 

自分が入った時点で結構いたお客さんも最終的には立ち見客がいっぱいで廊下から溢れるくらいまで人が集まってた。高校の同級生も結構来てたし大学の学部の人や関係者もいた。

 

定時になって喪主であるT君のお父さんのご挨拶でお通夜が始まった。

この内容をこういうブログのような媒体で残していいものかどうか悩んだけど書くことにする。

T君のお父さんによると,彼はここ数ヶ月進路に悩んでたらしい。

それで,一昨日(7月9日)にT君が「台風が来て行けなくなったら締切に間に合わなくなるから今のうちに大学院の願書を出しにいってくる」といって大学の方に向かって行って、お父さんも「これで進路も決まって悩みもなくなってよかったかな」と少し安心していた矢先のこと、T君は実は大学の方には行かずに天国の方へ行ったそうだ。

 

この話を聞いて何とも言えない気持ちになった。悲しみだったりやりきれなさだったりいろいろなものが込み上げてきた。そういうことだとは何となく思ってたものの,心のどこかでは違ってほしいと思ってたからやっぱりショックだった。

 

それからお焼香して合唱して,とりあえずお通夜は終わった。

ただ,T君が進路に悩んで亡くなったということがそうとう重くのしかかってきた。

 お通夜が終わって,しばらく会ってなかった仲間とも会って,帰りに居酒屋で飲んだりした。それはそれで凄く楽しかった(楽しんでいいものではないだろうけど)んだけども,解散して一人で家に帰ってる途中にどうしようもできないやるせなさが襲ってくる。なんというかこのお通夜でとにかくめちゃめちゃ考えさせられた。

生きてる以上は人の死に遭遇するのは当然とはいえ,今回の彼の死をただの同級生の死のひとつとして捉えることができないし,そう捉えるべきではないとどこかで感じてる。

 

一つは自分も進路に悩んだりして彼と同じ状況になったことがあるからだろうか。

自分が旧帝大辞めたのはまず前提として大学が嫌で嫌で仕方なかったってのもあるけど,当然進路のこともある。

まぁ,自分には就活というものが無理だった。自己分析やらグループディスカッションやら面接やらに対しての嫌悪感も凄くあったし,そもそもコミュ障である自分に就活なんて突破できるわけないなんでのはわかりきってた。

でもそこで就職が無理だと分かると,じゃあ今までの自分が旧帝大に入るためにしてきた努力は何だったんだと人生を全否定しだして自暴自棄になっちゃったりする。

もちろん彼がそういう心境になったかは分からないけど自分はそういう感じになったりした。とにかく先が見えない状況って言うのはちょっと危険な状況だと思う。

自分は休学したり退学したりニート状態になったりして紆余曲折して今Fランの薬学部行ってるから,彼にも亡くなる前にもっといろいろな選択肢に気付いてほしかったなって思う。

自分はそこらへんの適当さがあったからこうしてプラプラ何とか生きてるけど,彼は自分とは違って凄く真面目だったんだと思う。だから進路についてもきっとすごく真剣に悩んでたのかもしれない。でも,そういう真面目さがある人だからこそ生きていてほしかった。本当に無念だ。

 

御冥福をお祈りいたします